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東京高等裁判所 昭和62年(う)985号 判決 1987年11月04日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇年に処する。

原審における未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人原勝己作成名義の控訴趣意書及び同補充書に、これに対する答弁は、検察官友野弘作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

一控訴趣意第一について

所論は、原判決が原判示第一のA女に対する強盗致傷の罪について自首を認めなかつたのは誤りであるとして、事実誤認、法令適用の誤りを主張するものである。

そこで、警視庁志村警察署刑事課盗犯三係警察官Bの原審公判廷における供述、同警察署同課強行犯捜査係長Cの原審及び当審公判廷における各供述など関係証拠によれば、被告人は、昭和六二年一月二〇日同署警察官により原判示第七の窃盗の罪を被疑事実として逮捕され取調べを受けるにいたつたが、同署盗犯係警察官Bは、被告人の体つきや前歴の手口、住居などから、板橋区前野町一帯で起つた一連の覆面強盗事件が被告人によるものではないかとの疑いをもち、同署強行犯捜査係と協議の上、同月二一日被告人にこれを問いただしたところ、被告人は、原判示第四のD女に対する強盗致傷の事件が被告人によるものであり、その他にも同じ手口で六回強盗を犯していることを認め、その旨の同署署長宛上申書を作成して提出したこと、そこで同署強行犯捜査係では、係長Cを中心に強盗関係の取調べをし、同月二四日、被告人から、原判示第二のE女に対する強盗、同第五のF女に対する強盗及び同第六のG女に対する強盗も被告人によるものである旨の各上申書の提出を受け、さらに翌二五日には、H女及びI女に対する各強盗の事件も被告人によるものである旨の上申書の提出を受けるにいたつたこと、同署強行犯捜査係では従前の強行犯の電報通報を調べたり隣接警察署に照会するなどして捜査した結果、被告人が上記上申書を作成した六件のほか、志村警察署管内で発生したJ女に対する事件及び同管内の三一歳の女性に対する事件並びに練馬警察署管内で発生したK女に対する事件も被告人によるものではないかとの嫌疑をもち、それらの事実についても被告人を取調べたところ、被告人は、J女に対するものは認めたが、その余の二件については、被告人によるものではないとしてその自供をするにはいたらなかつたこと、その間同強行犯捜査係においては、原判示第四のD女に対する強盗致傷事件を被疑事実として被告人を逮捕するなどして一連の強盗関係事件の取調べを並行して進め、G女に対するものはそれが練馬警察署管内で発生したものであるため、この事件は同警察署に任せることとし、志村警察署で取調べたD女に対するものは同年二月一日、E女及びF女に対するものは同月一六日それぞれ検察官送致をし、同月中旬ごろ、同署強行犯捜査係が被告人の強盗事件として嫌疑をもつていたのは、被告人が前記上申書を書いた六件のほかには、J女、三一歳の女性及びK女に対する事件の合計九件のみであり、同係としてはその他には被告人による強盗関係の嫌疑はないものと最終的に判断するにいたり、その後は、それらの事件に限つて必要な捜査をし、その後の捜査の重点は、同署盗犯係による窃盗事件に移つたこと、ところが、同月二一日、被告人は、盗犯係の前記B警察官に対し、顔面蒼白になり泣き出しそうな様子で、「私は人を殺しているかも知れない。」「私は埼玉の鶴瀬の方で人をナイフで滅多突きにした。死んだかも知れないので今まで我慢していたが、我慢し切れなくなつたので話します。」として、原判示第一のA女に対する強盗致傷の犯行を自供したので、被告人にその旨の上申書を書かせ、強行犯捜査係の前記C係長に連絡したこと、同係長ら強行犯捜査係では、前記のとおり被告人による強盗関係の事件は、もはや前記の九件のほかにはないものと考えていたので、早速所轄の埼玉県東入間警察署に照会し、該当事件のあることの回答を得たこと、東入間警察署では、同事件の被害申告を受けて捜査をしていたが、その犯人が誰であるかについては全く分らなかつたので、早速係官が志村警察署を訪れて被告人の取調べを開始したが、他管内であるため円滑な捜査ができなかつたため、同年四月二七日同事件を被疑事実として被告人を逮捕し、東入間警察署に身柄を移して捜査をとげ、検察官送致の上本件公訴提起にいたつたものであること、以上の事実が認められる。

ところで、ある被疑事実について取調べを受けていた被疑者が、他にも余罪があるのではないかという捜査官の抱いた嫌疑によりその追及を受けた結果、余罪についての犯行を自供するにいたつた場合は、自らすすんで犯行を自供したものと言えず、この場合に自首を認めることはできないけれども、本件のように、警察官が余罪について自供を得たもの及び既に捜査対象となつている事件以外には嫌疑がないと最終的に判断し、したがつてその追及もなくなつた状況下において、自らすすんで新たな余罪についての犯行を自供するにいたつた場合は、刑法四二条一項にいう自首にあたると解するのが相当である。もつともCの原審公判廷における供述中には、被告人に対し、あるなら残らず言つた方がいいぞと一般的に追及していた、と供述している点もあるが、同人の他の供述部分及び当審公判廷における供述に照らして検討すると、同人が追及したというのは、前記九件のうち被告人が認めなかつた三一歳の女性に対する事件とK女に対する事件について、自分がやつたことは話した方がいい、反省があるなら話せ、と説得した趣旨であり、また、前示のとおり、被告人が原判示第一の犯行を自白したのは、担当の志村警察署強行犯捜査係において、被告人の強盗事件の嫌疑は、前示九件以外にはないとの最終的判断に到達した以後において、従つて、この点に関する余罪の追及はなくなつた状況下においてなされたものであることが明らかであるから、本件捜査過程において右のようなC係長の説得ないし追及があつたことを以て被告人の右自白が、余罪の嫌疑に基づく追及により自供したものということはできない。

以上のとおりであるから、原判示第一の罪についても自首を認めなかつた原判断には、事実を誤認し法令の適用を誤つた違法があることになるが、自首は元来裁量的減軽事由であることに加え、原判決は、本件強盗及び強盗致傷の罪について、「被告人は、逮捕後素直に各犯行を自供しており、この点で、刑法上の自首にこそ該当しないが、改悛の情の発露として、被告人の現在の反省の態度と相俟つて、量刑上被告人のために特に有利に斟酌すべき情状といいうる」として、これを量刑上、被告人に有利に参酌しているのであるから、右の誤りが明らかに判決に影響を及ぼすものと言うことはできない。

論旨は結局理由がない。

二控訴趣意第二及び控訴趣意書補充書について

所論は、被告人に対する原判決の量刑が不当に重い、というのである。<以下省略>

(裁判長裁判官岡田光了 裁判官近藤和義 裁判官坂井 智)

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